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東京高等裁判所 平成7年(ラ)1148号 決定 1996年2月28日

抗告人

飯塚直次ほか

当事者の詳細は別紙当事者目録記載のとおり

主文

本件抗告をいずれも棄却する。

抗告費用は、抗告人らの負担とする。

理由

一  本件抗告の趣旨は「原決定を取り消す。」との裁判を求めるというものであり、その理由は、別紙抗告状写し抗告の理由欄及び準備書面(抗告人ら第一)写しに記載のとおりである。

二  当裁判所も、本件代表訴訟の提起が現段階では代表訴訟制度の趣旨、目的に照らし著しく相当性を欠くものとは即断できず、抗告人らの本件担保提供命令申立てを却下すべきものと判断する。

その理由は、次のとおり改めるほかは、原決定の理由説示と同一であるから、これを引用する。

原決定3枚目表2行目の「第三者割当増資(」の次に「発行新株式数200万株、発行価額1株801円。」を加える。

同2行目から3行目にかけての「取締役会決議において」の次に「公正な価格1株5000円と比較して」を加える。

同4枚目裏2行目の「当時の」を「本件新株発行前6か月間の」に改める。

同裏5行目の「認められるところである。」を「認められるところであり、また新株発行後9か月間に、月間の売買出来高が最高6万1000株になったことを考慮しても、新株発行の前後を通じ取引株式数が少ないのであって、発行済株式総数1200万株であったサイボー株式会社につき200万株にも及ぶ株式を新株発行当時の市場価格である1株801円で市場から購入し得たと断定するには疑問なしとしない。」を加える。

三  よって、原決定は正当であって、本件抗告は理由がないからこれをいずれも棄却し、抗告費用は抗告人らに負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 北野俊光 裁判官 松田清 裁判官 六車明)

当事者目録

《住所略》

抗告人 飯塚直次

《住所略》

抗告人 飯塚博文

《住所略》

抗告人 飯塚剛司

《住所略》

抗告人 飯塚保平

《住所略》

抗告人 小沼敏一

《住所略》

抗告人 平井保夫

《住所略》

抗告人 飯塚之子

《住所略》

抗告人 飯塚元一

《住所略》

抗告人 山崎桂子

《住所略》

抗告人 左土原麗子

《住所略》

抗告人 飯塚祥子

右抗告人ら代理人弁護士 錦戸景一

右同 二島豊太

右同 石川哲夫

右同 今村敬二

右同 渡辺潤

《住所略》

相手方 ニューピス・ホンコン・リミテッド

右代表者代表取締役 ワン・ツァン・シャン

(王増祥)

右相手方代理人弁護士 水田耕一

別紙

抗告状

《当事者の表示 略》

平成7年9月6日

浦和地方裁判所第2民事部合議係 御中

右抗告人らを申立人、相手方を相手方とする御庁平成7年(モ)第1097号担保提供命令申立事件について、右抗告人らがなした担保提供申立に対し、同裁判所は担保提供申立てを却下する旨の決定をなし、当該決定は平成7年8月31日、抗告人らに送達せられたが、不服であるから抗告をする。

抗告の趣旨

原決定を取消す旨の裁判を求める。

抗告の理由

一 相手方は、平成7年2月15日、申立外サイボー株式会社(以下、「サイボー」という。)の株主として、同社代表取締役である抗告人飯塚直次ほか12名に対し、不公正新株発行による差額支払等請求事件(株主代表訴訟)を提訴した。

二 右代表訴訟は、平成3年3月、サイボーが申立外埼栄不動産株式会社外1名を割当先として行った第三者割当増資(以下、「本件新株発行」という。)に関して、取締役会決議において著しく不公正な発行価額が定められたことにより、サイボーに総額83億9800万円相当の損害が生じたとして、商法266条1項5号、267条2項に基づき損害賠償請求を求めたものである。

三 しかしながら、サイボーは東京証券取引所二部に上場している会社であり、本件新株発行における発行価額金801円は当時の市場価格を基礎に定めたものであるのに対し、相手方の主張は<1>サイボー株は当時取引高が極端に少ないから市場価格は公正な時価の基礎とはなり得ない、<2>したがって、本件新株発行においては発行価額は純資産方式により算定されるべきである、<3>純資産方式により算定される公正な価額は1株につき金5000円を下だらない、という極めて独特な見解に基づくものであった。

上場会社において、新株発行価額を発行当時の市場価格を基礎に算定することは実務では常識であり、また最高裁判所も認めるところである(最高裁判所昭和50年4月8日)。したがって、市場価格が1株800円前後で形成されている株式につき、新株発行価額を1株金5000円で行えとする相手方の主張は不当訴訟であることを知りながら提訴したものとしか考えられず、到底容認できるものではない。

そこで、抗告人らは平成7年4月11日、受訴裁判所である浦和地方裁判所民事第2部に担保提供の申立を行った。

四 同裁判所は、担保提供の要件である商法267条6項、同106条2項にいう「悪意に出た」という文言を「提訴株主において、当該訴訟の提起が代表訴訟制度の趣旨、目的に照らして著しく相当性を欠き、いわゆる不当訴訟の提起として違法性を帯びることになるにもかかわらず、あえてこれをなしたものと評価しうる場合」と解釈し、なおかつ本件新株発行の発行価額が市場価格を基礎に定められたことを一応認めつつ、他方、取引高が少なかったことを認め、相手方の主張が成り立つ余地があるとして、本件担保提供の申立を却下している。

五 しかしながら、上場株式における市場価格は、当該株式を購入しようとする者はすべてに平等に適用されるものであり、本件新株発行時に市場から購入しようと思えば800円前後で入手できるにもかかわらず、新株を引き受ける場合には5000円で引き受けよとする相手方の主張が成り立つ余地のないことは一見して明らかであり、本件代表訴訟がいわゆる不当訴訟の提起として違法性を帯びることもまた明らかである。

六 右決定は、商法267条6項、同106条2項の解釈においては正当であるにしても、前提事実として相手方の主張が成り立つ余地がある旨を認めた点において妥当でない。

よって、抗告人らは、その取消を求めるため、本抗告に及んだ。

平成7年9月6日

右抗告人ら訴訟代理人

弁護士 錦戸景一

同 二島豊太

同 石川哲夫

同 今村敬二

同 渡辺潤

浦和地方裁判所民事第2部 御中

平成7年(ラ)第1148号 担保提供命令申立抗告事件

抗告人 飯塚直次

外10名

相手方 ニューピス・ホンコン・リミテッド

平成7年11月2日

右抗告人ら訴訟代理人

弁護士 錦戸景一

弁護士 二島豊太

弁護士 渡辺潤

弁護士 石川哲夫

弁護士 今村敬二

東京高等裁判所 第5民事部 御中

準備書面(抗告人ら第一)

抗告人らは、抗告状に付加して、次のとおり主張する。

一 原審は、本件新株発行前の平成2年10月から平成3年3月までの売買出来高が低水準で推移したとの事実認定のみをもって、本件発行価額が公正なものかは本件本案訴訟における今後の双方の主張立証をまって判断すべきであると即断し、また、売買出来高が低水準であった要因は現時点での疎明資料によっては特定しがたいと判断している。

二1 まず、売買出来高についての原審の判断であるが、抗告人らは、本件新株発行後の株式の売買出来高及び株価からも、本件新株発行の発行価額の公正さを検討すべきであると主張したにもかかわらず、原審は、この点に関する判断をしていない。

相手方提出の疎乙第1号証の3で明らかなとおり、サイボーの最高株価は、平成4年では金770円、平成5年では金750円でしかない。

増資後の市場の評価は、かくのごときものであるとすれば、本件発行価額が公正なものであることは論を待たない。

2 なお、参考までに増資後の平成3年4月から同年12月間の月別の最高株価最低株価及び売買出来高を示すと、次のような推移を示している(疎甲第2号証参照)。これからも判明するとおり、増資直後の出来高が相当数になっているにもかかわらず、株価は、本件発行価額近辺を維持している。

<省略>

三1 次に、原審が、売買出来高が低水準であった要因は、現時点での疎明資料によっては特定しがたい点も今後の審理を待つ必要があると判示している部分であるが、訴状の「請求の趣旨」及び「請求の原因」の記載内容からいって、本件において相手方が主張・立証すべき事実は次の4点である。

すなわち、

<1> 売買出来高が低水準であったこと、

<2> 売買出来高が低水準であれば当時市場で形成された株価が公正なものではないこと、

<3> 市場価格が公正なものでない場合は、純資産方式により本件新株発行価額を定めるべきこと、

<4> 純資産方式によれば本件新株発行価額は1株あたり金5000円となること、

の4点である。

2 なぜなら、原審が認めるとおり、上場されている株式の新株発行価額については市場価格を一応の基準にすればよく(最高裁の判例に示されている。)、相手方がこの経験則に反して、「請求の趣旨」及び「請求の原因」に掲げた結論を導き出すには右の4点を主張・立証しなければならないからである。原審の指摘する売買出来高が低水準であった要因が立証されたところで、それだけでは相手方の請求は成り立たないのである。

ところが、本件訴状では、前記<1>の単に出来高の低水準であったことのみがその請求の骨子となっており、<2>及び<3>の点については具体的な主張は全くない。

ことに、右<2>の点、つまり売買出来高が低水準であったことと、当時市場で形成された株価が公正なものでないことの因果関係についてはなんら言及がない。相手方の主張は、当時の売買出来高が低水準であったとの主張から、一足飛びに、純資産方式により本件新株発行価額は1株5000円とすべきであったという理論構成になっているのである。

このような主張をすること自体、相手方が如何に薄弱な根拠に基づいて本件訴訟を提起したかの証左であるものである。

すなわち、相手方の請求は主張自体失当とも言えるものである。

四 右の点を、近時担保提供に関して出された二つの判例を引用して、検討してみる。

1 東海銀行株主代表訴訟担保提供命令申立事件抗告審決定(名古屋高等裁判所平成7年3月8日決定)は、商法267条6項の準用する同法106条2項にいう「悪意」につき、次のように判示した。

「・・・そして、右のような観点からすると、株主の代表訴訟の提起が商法267条6項の準用する同法106条2項にいう「悪意」に出たものとは、株主たる地位に名を借りて不当な個人的利益を追及し、あるいは、取締役に対する私怨を晴らすことを目的とするなど、代表訴訟の提起が、株主としての不当な権利・利益を擁護し確保することを目的とするものではない場合のほか、株主の主張が十分な事実的、法律的根拠を有しないため、代表訴訟において取締役の責任が認められる可能性が低く、かつ、株主がこのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たのにあえて代表訴訟を提起した場合がこれに当たるものと言うべきである。」

次に、蛇の目ミシン工業株主代表訴訟担保提供命令申立事件抗告審決定(東京高等裁判所平成7年2月20日決定)は、次のように、判示している。

「・・・このように、株主の監督是正権の行使として会社のために提起するという株主代表訴訟の本来の趣旨を逸脱した不当な目的に出た訴えを抑制することも、株主代表訴訟における担保提供の制度の趣旨であるから、右のような訴えの提起について担保提供を命ずべきであることは当然の事理であるということができる。また、右担保が不当訴訟による被告の損害賠償請求権の担保であることにかんがみれば、不当な目的に出た訴えだけではなく、請求に理由がないことを知りながらあえて訴えを提起するというような、裁判制度の趣旨に照らして著しく相当性を欠く場合にも担保提供を命ずることが相当である。

(中略)そして、請求に理由がないことの疎明がある場合とは、原告が請求原因として主張する事実をもってしては請求を理由あらしめることができない場合(主張自体が失当である場合)、請求原因事実の立証の見込みが極めて少ないと認められる場合、又は、被告の抗弁が成立して請求が棄却される蓋然性が高い場合などがあげられる。そして、右の事情を認識しながら訴えを提起していると一応認められるならば、自己の請求が理由のないことを知って訴えを提起したものと推認することができる。」

2 右で明らかなとおり、「代表訴訟において取締役の責任が認められる可能性が低く、かつ、株主がこのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たのにあえて代表訴訟を提起した場合」、「原告が請求原因として主張する事実をもってしては請求を理由あらしめることができない場合(主張自体が失当である場合)」等もまた商法267条6項の準用する同法106条2項にいう「悪意」と解される以上、前述の第二項のとおり、本件では請求原因事実の立証の見込みが極めて少ないうえ、前述の第三項のとおり、相手方の主張は、主張自体が失当であるともいえるのであるから、相手方の悪意は明白であり、原審の判断は適切でないといわざるを得ない。

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